立ち直る力とは?立ち直る方法について




辛いことから立ち直るには、立ち直るために必要な「経験」を重ねるのが最も確かな方法です。

何かに気づく、何かを学ぶ、何かに感動する、自分を変える。

こうした取り組みと経験の積み重ねがやがて、自分を助けてくれることになります。

その時、大切なのは「出逢い」です。

出逢いの対象は出来事だったり、人だったりします。

それらを含めて経験が大切。

以下にわかりやすくお伝えしていきます。 


<目次>
辛いことから立ち直るには 
人生で立ち直る方法とは
 
心が折れても立ち直る力 


辛いことから立ち直るには 

「人はどうやって立ち直れるのか?」

カウンセリングでは、「良くなる」とか、「治す」という発想は、あまり重視しません。

それは結果的に起こることで、根本はもっと深いものに着目します。

精神状態が不安定になったのは、不安定にさせる問題があったから。

人間関係や仕事などが上手くいかないのは、上手くいかなくさせる原因が必ずあるから。

その問題や原因に気づき、解決する。

だからこそ、精神状態が良くなっていったり、人間関係などの状況が良くなっていきます。

そういう意味では「気づく」とか、「受け容れる」「学ぶ」という経験を重視します。

時々ですが、こんなことを言う人がいます。

「カウンセリングは時間がかかるので、もっと短期間(短時間)で問題解決できる方法がある。」

私はそれは、とても危険は発想だと思います。

それは、カウンセリングが優れているとか、本来はカウンセリングが正当だとか、そういう話じゃないんです。

人が自分の問題(課題・テーマ)に気づき、それを克服していくのには、それ相応の時間がかかります。

なぜなら、人が学び成長するためには、そのための経験を重ねていく時間が必要だからです。

人が変わっていくためには、早くても数か月が必要だと思います。

その問題が、その人の人生の根本問題なら、年単位はかかるのが普通です。

それを、解決時間だけに焦点を当てて、もっと早く楽になりますよとやる。

残念ながら、解決するわけがありません。

一旦、解決したように見えて、また元に戻るか、同じような別の問題にまたぶつかるか。

そうやってループが繰り返される可能性が高いです。

早く解決できますといって「早さ」を強調したり、そこをメインに捉えるカウンセラー。

そのカウンセラーの人生を見ていると、ブレることが多かったり、何をやっても中途半端だったりしています。

次から次へと新しいことに飛びつき、なかなか自分のやり方や在り方が確立されません。

自分の根本問題に気づき、学び、人間的に成長すると、私たちは後戻りしなくなります。

一旦本当に成長すると、そのテーマでは後退することは、先ずありません。

もし、後退したとしたら、それは本当に解決はしていないからです。

悩みや困難を克服するということは、自分が人間的に成長することで成しえます。

人間的に成長するからこそ、今まで悩んでいたことに悩まなくなります。

成長するから、困難を克服する「力」がつきます。

この人間的な成長を起こすには、ある程度の経験を経る必要があります。

経験値が必要ともいえます。

だから、経験するための必要な時間というものがあるんですね。

人間が成長するには、視野の広がりが必要です。

今までとは違った捉え方をどれだけもてるかも大事。

そういう変化には、どうしても時間が要ります。

なぜなら、視野が広がり、捉え方の引き出しが増えるだけの経験値が必要だからです。

そういう真実を無視して、ただ速さだけを求める。

別な言葉でいえば、手っ取り早くという発想。

その線上で取り組んでも、根本解決はありません。

例えば「3日でうつが治る」とか(^^;

治るわけがありませんよね。

もし、3日で状態が完全に良くなったのなら、それは元々うつではありません。

何度もいいますが、立ち直りに大切なのは速さではありません。

大切なのは立ち直りの確かさであり、それに必要な深さや重みです。

試行錯誤などの経験値という時間と質の重み。

気づきや学びの確かさです。

本当の立ち直りをはじめた人間というのは、あまり多くを語らないですし、とても落ち着いています。

多くを語る必要性もなくなるし、確かかどうかに意識が向くので、自分の歩みに慎重です。

そうした確かさ、慎重さがその人の言動や態度にも出ます。

本当の立ち直りに向かいだしたクライエントは、静かで、慎重で、速さを求めません。

それを考えたら、カウンセラー側が速さに執着するのは、現実離れしているし、ある意味、滑稽なのです。

クライエントはそういうところをものすごくよく観ていますよ。

そう考えれば、カウンセラーという存在は、その存在の確かさを求められるともいえます。

信頼できるか、頼りにできるか?

自分自身の歩みをしっかり横で見ていてくれるか?

押したり、引っ張ったりするのではなく、横で見守ってくれているかということですね。

だからこそ、カウンセラー自身が確かな人生観や人間観、そして感覚を磨くべきです。 


人生で立ち直る方法とは 

最近続けてあるテレビ番組を観ました。

一つは凶悪犯罪者の息子のドキュメント。

もう一つは冤罪で20年服役した女性のドキュメント。

二人に共通するのは、いずれも自分は直接悪くないのに、社会の厳しい目にさらされたということです。

厳しい人生を強いられ、やっぱり心は荒みます。

人を信じられず、心を閉ざして生きていくことになります。

しかし、番組の中で、それぞれが変化を見せていきます。

閉ざした心が少しずつ開き始め、以前よりも人を信じるようになっていきました。

その過程を観ていて感じたのは、人の心を開くのは「人」なのだということでした。

犯罪者の子どもの心を開いたのは、職場の同僚たちと結婚した奥様の温かさ。

冤罪の女性の心を開いたのは、息子や息子のお嫁さんでした。

人に裏切られ、人に苦しめられた二人が、結局は人に救われていくことになります。

心を閉ざした二人に共通した思いは、「人が信じられない」という思いでした。

それは別の言葉にすると「私のことは、誰も理解できない」というもの。

ということは、理解されることによって、この二人は救いの道を歩き始めることになったのです。

つまり、私たちが何か追い込まれたときも、心が救われるのは、自分の理解者が現れた時です。

正確にいうと、こちらが「理解者を得た」と実感できたとき。

カウンセラーはまさに、この「理解者」となる努力をしています。

傾聴や共感的理解に努めるのも、カウンセリングという面接を続けるのもそう。

その目的は、相談者に「理解者を得た」という実感をもってもらうためです。

この「理解者を得た」という実感は私たちに力と勇気を与えてくれます。

私は養成塾の授業の中で「寄り添うには寄り添える力が必要」とお伝えします。

この寄り添う力というのは、別な言葉でいえば、「理解者となる力」ともいえます。

先の二人、犯罪者の子どもと冤罪だった女性。

この二人も「理解者を得た」という実感を持ちました。

そのことで、過酷な人生を生きるという宿命を背負いながらも、顔を上げ、前を向いて生き抜こうと思うようになります。

両方の番組を観終わった後は、正直、いずれも言葉がありませんでした。

しかし、「理解者を得る」ということが、どれほど大切なことかを改めて確認した思いでした。

そして、彼らはこうした経験から、自分がいかに生きるべきかを学んだともいえます。

もし、過酷な試練が学びの宿題だとするならば、やはりそれを解くことでしか前に進めません。

私たちは学ぶことによって人生を前に進みます。

苦しい時こそ、学ぶしかないようです。

そしてカウンセラーはその学びを十分に経験できるようにサポートするのが仕事です。

手を貸し過ぎてはその人は学べないし、手が足りなくても学びきれないでしょう。

適切な距離感で伴走することこそ、クライエントが必要な学びを経験できるからです。 


心が折れても立ち直る力  

先日、三浦綾子氏の「塩狩峠」という小説を読みました。

三浦綾子氏は、生涯病弱な人生でした。

しかし、その作品の要所で使われる言葉の数々は、実に爽やかで、そしてたくましいものが多くあります。

おそらく病弱という不自由さとの葛藤を経て、健康な人間以上に「生きる」ということや「命」と向き合ったのでしょう。

過酷な闘病生活に心を乱されないためには、やはり自分なりの「確かな人生観」が必要だったのかもしれません。

同じことが、明治の俳句の祖、正岡子規にも言えます。

正岡子規も不治の病に侵され、晩年は苦しみの連続でした。

しかし、そんな苦しみの中から生み出された俳句は、読むものを魅了し、病人とは思えない楽観的な調子で書かれていました。

人間というものは、どん底にあるとき、いろいろなことを考えます。

そして、どん底からはい上がろうとする中で、自分の人生観というものをより確かなものにしていくのかもしれません。

そのことを私に教えてくれたのは、クライエントの皆さんでした。

どん底の中にあり、必死にはい上がろうとする人たち。

なかなかすぐには浮上できず、思うようにいかない状況が続きます。

しかし、そんな暗中模索の中で何かを見出せたとき。

その時のクライエントの語りの中にある言葉は、実に確かな人生観だと思わずにはいられないものです。

まるでそれは、三浦綾子の小説の言葉のように、また、正岡子規の俳句のように澄んでいて尊い、そして確かな言葉なのです。

どん底から人間が立ち上がっていく時に口にする言葉。

それは、まるで尊い教えを聞いているような感覚すら覚えるものです。

また、そうした境地にたどり着くのは、大人だけではありません。

スクールカウンセラーを務めていた時、私は小学生の子どもたちからも、同じような言葉を聞いたのです。

誰に教わったわけでもないはずなのに、子どもたちは自らの暗中模索の中から、確かな人生観を語ります。

その言葉、表現は、大人のそれと何ら変わることがありません。

私はそうした場面に何度も遭遇するうちに、子どもたちのそうした内面性を自然とリスペクトするようになりました。

例えそれが小学校1年生の子どもであっても、子どもが有する内面の尊さに、敬意の念を抱くようになりました。

いつの間にか、私は子どもたちにそうした念をもって接するようになったのです。

すると、その思いが子どもたちに伝わったのか、子どもたとの関係性やカウンセリングが深まるようになりました。

目の前の小さな子どもたちを心から尊敬する感覚が常にあり、その感覚を大事にカウンセリングをすると、非常に上手くいきました。

カール・R・ロジャーズがこんなことを言っています。

カウンセリングは、技法よりもカウンセラー自身の「姿勢」や「態度」、つまりそのあり方や人間性の方が大事である。

私はこの考えが全くもって真実であると思うようになりました。

それからは、応答などの技法もそうですが、自分の面接でのあり方がどうだったかを、より検討するようにしました。

自分がどんな心持ちで、どんな心のあり様で座っているのか?

瞬間瞬間にどんな思いや感覚が働いているのか?

こうした様子を丹念に検討するようになりました。

そしてこうした要素が面接に及ぼす影響がいかに大きいものかということを、再認識していったのです。

こうしたことを教えてくれたのは、クライエントの皆さんです。

クライエントが学を深めていくことはもちろん、カウンセラーも学びを深めていく。

双方が学びを深めていく関係性こそ、カウンセリングの成果をより確かなものにするのかもしれません。


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