不運が続くときの開運、運が良くなる秘訣


 

運は与えられるものではなく、自分で勝ち取るものです。

自分の努力と工夫、そして運というものへの理解(捉え方)によって良くすることができます。

ところが、多くの人が運を受動的に考え、良くなるようにと神社やパワースポットに行ったり、占いに行ったりします。

神社やパワースポット、占いに行くなら、ある事を心に留めて行くといいでしょう。

今回は運ということについて、その真実をわかりやすく書いてみました。 

<目次>
不運が続くとき
不運を断ち切る
 
運を良くする、運のいい人の特徴 
開運、これが運がよくなる秘訣
 


不運が続くとき 

思いを強く持てば、叶う。

他力(神様とか宇宙?)に気に入ってもらえれば、叶う。

たぶん、これ、間違いじゃないんです。

間違いじゃないけど、誤解を招くところもある。

強く思い続けると、叶う。

これは確かにそうです。

なぜなら、そこに行動が生まれるからです。

こうしたい、こうなりたい。

そういう強い思いがあれば、人間そのための行動を起こします。

実現したい、成し遂げたい。

そのために沿った行動になれば、実現する確率は上がりますよね。

他力(神様・宇宙?)に気に入られると叶う。

「開運」ってことと、よく結び付けられます。

ただ、運というものは、自分の努力で開かれるものでしょう。

そういう意味ではネガティブな思い・言葉・行動よりも、ポジティブな思い・言葉・行動の方が開運につながる。

私はそう思います。

だから、パワースポットで何かお願いしたら、それが叶うってもんでもありません。

それに見合った行動が必要。

パワースポットに行ったことが、強い思いと行動につながれば、自分の願いが実現することもあるでしょう。

そして、こうした要素、つまり思い・言葉・行動、そして他力。

これらに加えて、私は、ある要素が大事だと思うようになりました。

何人ものクライエントの皆さんを視てきてそう感じ、何人ものクライエントの皆さんにお伝えして成果が出た。

そういう経験と実証によってわかったことが、実はもう一つの要素としてあるんですね。

思い・言葉・行動、そして他力の他にです。

それは「自分のテーマ」を知ることです。

自分の人生のテーマといってもいいでしょう。

自分の課題になっているものがあって、そこをクリアできると、人生が変わっていきます。

例をあげると、こういうことです。

「人の意見を受け容れる」がテーマの人は、そうすると物事がうまくいく。

「自分のことをしっかりと発信する」がテーマなら、その人はそうすると物事がうまくいく。

「寛容になる」がテーマの人は、寛容になると物事うまくいく。

そして、次の宿題を神様に出され、またクリアしていくと、物事うまくいく。

この繰り返しが人生だということです。

つまり、幸せになるというのは、お金持ちになったり、多くの人に認められたり、仕事で成果を上げ続けたりすることではない。

それはそれで喜ばしいし、歓迎されることです。

でも、こうした経験を通して学び、人として成長していくこと。

ここに人間本来の「喜び」と「幸せ」がある。

そのために私たちはいろいろな苦難を経験しながら生きている。

こう考えると、いろいろなことがつながってきました。

だから、カウンセリングでも、これに沿ったアドバイスをするんです。

カウンセリングで少しお話をお聞きすると、その人のテーマが見えてきます。

例えば

ああ、この人のテーマは「人を知る」ってことなんだ。

だから、いろいろな価値観の人と交わって、そういう経験を通して自分を磨いていく。

そういうテーマなんだと気づくとします。

すると、カウンセリングの中で、そうしたテーマをクリアするための捉え方や行動の仕方をお伝えします。

そしてその通りにクライエントの方がやっていくと、不思議と物事うまくいくんです。

どういう結果になるか、本人はドキドキしていた。

先のことを考えて、不安にもなっていた。

でも、結果は意外とスルッとうまくいく。

こういう場面を何度も目の当たりにしてきました。

だから、皆さんも「自分のテーマって何?」と一度じっくり考えてみてください。

それに気づけば、そのテーマをクリアすることを考える。

例えば「自分を発信する」ことがテーマだったら、会議の場とか、上司に対してとか、自分の意見や伝えたいことを言ってみる。

そうすると、会議で注目されたり、上司から理解を得られたりします。

結果「思い切って言ってみて良かった」となる。

「寛容さ」がテーマだったら、物事に寛容になってみる。

感情的についなっていた場面でも、落ち着いて対応するように心がける。

そうすると、人間関係が良くなったり、自分にチャンスが巡ってきたりします。

結果「粘り強くやってみて良かった」となる。

ここでカギを握るのは、自分のテーマに気づくことです。

そのヒントは、起きた出来事にあります。

「必要な自己主張をする」ことがテーマなら、自己主張を求められる出来事が起こります。

あるいは、自己主張しないことで、嫌な思いをしたり、アクシデントが起きたりします。

そこで「自己主張がやっぱり必要かな」と気づきます。

それで思い切って自己主張をする。

そうすると、物事が好転していくわけです。

なぜなら、それがその人のテーマになっているからです。

物事がうまくいくとか、開運とか。

それはその人の思い・言葉・行動、そして他力。

それに加えて・・・というか、それらの土台になっているもの。

それがその人の「テーマ」です。

だから、自分の今のテーマをクリアするために、思い・言葉・行動を前向きにする。

そういう「前向きさ」なら、大いに心がけた方がいいと思います。

他力(神様・宇宙?)を頼るなら、お願いはいただけない。

私はこれから自分のテーマをクリアするために、精一杯努力します。

そういう宣言なら、神様の前で大いにやったほうがいい。

あくまでも自分の努力・行動があってのこと。

底辺にあるのは、自分のテーマであり、クリアするために沿った努力をすることです。

そうすれば、物事がうまくいきます。
 

前向きと思いの強さ、そして開運のために神社などに行く。

そこに「自分のテーマにそった努力」が加われば、物事がうまくいきます。

そしてそのテーマは、人によって違う。

100人いれば、100のテーマがあります。

だから、お金持ちになるとか、仕事で成果を上げ続けるとか・・・・

それだけが人生のテーマではないわけです。

「寛容になる」がテーマの人が、お金持ちになりたいとか、人に認められたい。

そういう思いで、そういう行動をしても、その「願い」はなかなか叶えられない。

なぜなら、その人のテーマは「寛容になる」ことだからです。

だから「寛容になる」というテーマをクリアしていくと、仕事が上手くいきだしたり、お金回りが良くなったり、そういうことも起こり得ます。

でも、それで自分のテーマを忘れてしまうと、まるで「思い出そう」って言われてるようにまた「寛容さを求められる出来事」が起きたりします。

そういうことが、多くのクライエントを見てきて、わかりました。

そして、私自身も自分のテーマがありますから、それに人生をあげて取り組んでいる最中です。

このテーマをクリアするということに沿った行動を取れば、やっぱり物事うまくいったり、人間関係に恵まれます。

そう、私自身もそういう経験をしています。

ここだけの話し、私は仕事にも、人間関係にも恵まれています。

本の出版だって、自分のテーマに沿って行動した結果、実現しました。

カウンセリングでお会いした方を思い返すと、人によって、テーマはいろいろありましたね。

「人と支え合う」がテーマだったり、「自立」がテーマだったり。

この二つも全く逆のテーマですよね。

それだけ人によってテーマって違ってきます。

家族にテーマがある人、仕事にテーマがある人、人間関係にある人、子育てにある人など・・・

人によって本当に違います。

だから人の数だけ、生き方があり、ライフスタイルがあり、その人の性格的な傾向やパーソナリティーも違う。

協調性や支え合いがテーマだなと思う人は、その人自身が頑固で強情な性格だったりします。

自立がテーマだなと思う人は、概して消極的だったり、我慢ばかりする人だったりします。

そういうパーソナリティー一つとっても、その人のテーマが見えてくることもあります。

そういう人も、様々な経験、様々な人間関係を通して、苦い思いもしながら学び、その経験で自分を変える。

頑固さに柔軟さ、協調性が加わる。

我慢強さや優しさに、たくましさや主体性が加わる。

そうなることで、その人の人生は変わり、開けていきます。

自分の人生を変えるということは、こういうことです。

お金持ちになるとか、有名になるってことじゃない。

物質的、経済的な成功が目的じゃなく、テーマをクリアすることで自分を磨いて成長すること。

成長して自分を変えていった結果、自分に起きることが変わっていく。

それが「人生を変える」ということ。

そう捉え直すと、辛いことや苦しいことにも、自分の中で意味が見出せませんか?

意味が見いだせるから、耐えてもいけます。

意味があると思えるから、解決行動を勇気をもって選べる。

自分のテーマに気づき、受け容れ、クリアする。

そのために努力する人生こそ、幸せな人生だと思いませんか? 


不運を断ち切る 

先日、久しぶりに山に登りました。

往復で4時間程度の登山でしたが、心地よい疲労感でした。

青く澄んだ空、赤く色づきはじめた葉、沢の流れる音、綺麗な空気、深い緑、土や岩・・・・心が洗われました。

コンクリートやビルに囲まれた生活、土から遠ざかった生活をしている方には、山はお勧めです。

ちょっとした公園で森林浴をするだけでも、全然違います。

さて、今日の本題にはいります。

「悩んだり困ったりしていることから学びが得られる」

先日の勉強会で、お伝えしたことの一つです。

人生の中でぶつかる困難、辛いこと、苦しいこと。

なぜそのようなことが起きるのか?

それは、そこから何かを学べということ。

そう考えると、困難は困難ではなくなる。

その人の人生のテーマ(課題)になる。

そんなお話を、事例をもとに、させて頂きました。

実は、この話には続きがあります。

学びというのは、プラスの出来事とマイナスの出来事。

その両方の出来事にあるということです。

この場合のプラスの出来事というと、嬉しいことや楽しかったこと。

喜ばしい、感動した、心動かされたといった事です。

セミナーや勉強会、読書など、そうした学びもこちらに入ります。

一方、マイナスの出来事というと、なんでしょう?

悲しいこと、辛いこと、苦しいこと、腹が立ったこと。

そうした否定的な感情になりがちな出来事を指します。

病気になった、失敗した、誰かに裏切られた。

こうした辛い経験、嫌な経験、挫折感を味わう経験。

そこからも貴重な学びがあります。

そして、どちらかというと、傷ついたり嫌な思いをした出来事。

こちらの方が、深く胸に刻まれることが多かったりします。

それは、何かを思い知らされたとか、つくづく気づかされたとか。

マイナスの出来事の方が、心に深く刻まれるからです。

また、マイナスの出来事のほうが、私たちは真剣に悩みます。

真剣に悩むということは、真剣に考えるということです。

自分はなぜ、こんな目に逢わなければならないのか?

どうしてこんな思いをする羽目になるのか?

いったい自分のどこが悪いというのか?

こうして、ああでもない、こうでもないと、いろいろ考えます。

その先に、実は、深い気づきと確かな学びがあることが多いんですね。

カウンセリングに訪れる皆さんを見ていて、毎回、私が感じてきたことです。

困難やアクシデントに見舞われる。

こんなとき、私たちは心に衝撃を受けるわけです。

ある意味、大きなカルチャーショックを受けるようなものです。

自分の価値観を根底から覆されるようなショックですね。

自分が正しいと信じてきた価値観を覆される。

これは、「自分が根本から否定された」という思いになるのも、無理はありません。

ところが、実は、ここが肝心なところだったんです。

自己を完全否定されたかのような出来事と衝撃。

だからこそ、自分の価値観の引き出しが増えるチャンスになります。

自分が正しいとし信じていた価値観。

それを根底から覆されるようなショック。

そこで、私たちは、いろいろなことを考えさせられます。

いろいろ考えさせられるから、いろいろな気づきが生まれます。

とにかく人の気分を害さないことが、人間関係を良くすることだ。

とにかく、波風を立てないでいることが大切だ。

そういう価値観でいると、その価値観を覆される出来事が起こります。

自分は悪くないのに、誤解を受けたり、謂れのないことをされたり・・・

もちろん、どちらが悪いかでいえば、相手です。

しかし、どちらが正しいか、間違っているか。

この尺度だけで世の中を見ると、解決されない問題が山のようにあります。

悪いのは相手です。

しかし、そこから自分が学べることもあります。

理不尽な目に遭ったからこそ、学べることがあります。

とにかく人の気分を害さない。

これを第一義に置くばかりではダメなんだ。

時には自分が伝えるべきことを伝える必要がある場合もある。

人から嫌われないことより、人を大切にすることを大事にする。

理不尽な人間には、絶対になめられないという強い意識をもつ。

こうした価値観を学ぶときなのかもしれません。

ある人が、こんなことを言っていました。

いばっちゃいけないけど、なめられてもいけない。

相手に強い態度で出る必要はありません。

ただ、「理不尽な人間には振り回されない」という意識を持つことも必要です。

不思議なもので、本当にそういう意識でいると、理不尽な目にはそうそう遭わなくなっていくものです。

強い態度を示さなくても、そういう雰囲気が醸し出されるからです。

ずるい人、理不尽な人は、そういう空気を鋭く察知します。

誤解のないように書いておきます。

これは、例えば嫌なことをされるのは、される人間に問題があるということではありません。

意地悪をするのは、意地悪をする側の人間の問題。

人に意地悪をするという行為は、絶対に認めるわけにはいきません。

その問題の解決とは別に、一人ひとりには必ずテーマがあるとお伝えしたいのです。

そして、そういう捉え方を習慣にしていくと、どんな経験からも学べ、成長し、人生により多くの幸せを実感できます。

プラスの出来事からも学べる。

そしてマイナスの出来事からも学べる。

しかも、どちらかというと、マイナスからの学びが深い。

そう捉えると、心穏やかに過ごす日々が増えていくのではないでしょうか。 


運を良くする、運のいい人の特徴
 

私は実は「運」ということについていろいろと調べたりしてきました。

そこでわかってきたことがあるので、今日はそのことをお伝えしたいと思います。

よく「運がよかった」「運気があがる」という言い方をします。

これはある意味、運を受動的に捉えた言い方です。

運というものは、自分の努力とは関係なく、何か降ってくるものであるかのような表現です。

しかし私は、運について調べ、カウンセリングで多くの人を見てきて、「運」は自分で呼び寄せるものだと思うようになりました。

例えば、思わぬ病気や事故に遭ったとします。

普通はこの時点で「運が悪い」と思いたくなりますよね。

しかし、運とが良いか、悪いかは、ここから始まる話だと気づきました。

病気になったり事故に遭ったりしたとき、その事態をどう受け止め、そこからどう生きていくか。

その「受け止め方」と「生き方」こそが「運」を呼び寄せてくるんです。

つまり、そこからの受け止め方や生き方によって、良運が来るのか、悪運が来るのかが決まります。

でも、そうやって仮に悪運がきたとして、それで「やっぱり運が悪い」とするのか?

それとも、その悪運(と思うこと)をどう受け止め、そこからどう生きるのか?

結局、考えたりやったりすることは、同じになります。

だから、パワースポットに行ったり、運気アップのグッズを買ったりしただけでは、当然、良い運は呼び寄せられません。

パワースポットに行った後、グッズを買った後、そこからどう生きるのかで運気がアップするかどうかがが決まります。

ということは、パワースポットに行くのも、グッズを買うのも、そのこと自体に効力はありません。

行くこと、買うことで努力しようと誓いを立てる。

そこに意味があるし、運を呼び込む力が生まれるといえます。

神社ではお願いをするのではなく、ごあいさつと誓いを立てるべしと言われる所以です。

つまり、運を呼び込むために必要なことは、結局は「努力」ということになります。

主に「自分を変えようとする努力」でしょうか。

カウンセリングで運を呼び込んだクライエントの皆さんは、「自分を変える努力」によって、運を呼び込みました。

不登校だった子どもが学校に行くようになった。

うつで休職まで追い込まれたが、無事に職場復帰を果たした。

一人で寂しく、苦しかったけど、パートナーに出会え、結婚し、家族に恵まれた。

親に恵まれなかった(良い親ではなかった)けど、自力で生き抜く、自分の人生を築いた。

人間関係が苦手で上手くいかなかったけど、徐々に人と心の交流が出来るようになった。

仕事のことですごく悩んでいたけど、今では恵まれた職場で働けると実感できるようになった。

こうしたプロセスを歩めたクライエントの皆さんは「自ら自分を変える努力」を続けていきました。

自分の努力が運を呼び込んだのです。

運は良くなるものではなく、良くするもの。

運気は上がるものではなく、上げるもの。

こう捉え直すことが、良運を呼び込む「秘訣」といえるかもしれません。

運を良くするのは自分自身であると、そんな風に能動的に捉え直してみましょう。

そして自分自身を変える、成長させることを真ん中に据えて日々を過ごしてみましょう。

これが運気向上の最も確かな方法かもしれません。 


開運、これが運がよくなる秘訣  

一口に「運」といっても、いろいろありますよね。

恋愛運、結婚運、仕事運、家庭運、金運、人生全般の運、引き寄せ運・・・・

これらに共通する「開運」についてです。

先ほども書きましたが、神社やパワースポットに行って運気が上がりますように・・と手を合わせる。

これ、運気を下げる行為だって、知ってました?

運が良くなりますようにっていうお願いは、却って運を悪くするといってもいいんです。

なぜかというと、これ、心理的に説明できるんです。

ちゃんと根拠があるんですよ。

その根拠、心理的メカニズムを知れば、運を良くすることが出来るようになります。

では「婚活」を例にとって、考えてみます。

婚活をしている人で、なかなか成就しない人と、成就した人の違いってあるんです。

いったい、どこが違うのか、知っていますか?

それは「こういう人と出会いたい」という願いがあるかないかなんです。

だから「こういう人と出会いたい」って強く思うことは、むしろ出会えなくなるんですよね。

え?逆では?って思ったかもしれませんけども・・・

「こういう人と出会いたい」と思うと、逆に出会う確率が低くなってしまうんです。

出会いたいって強く思えば出会えるとか、そう強く信じれば、出会えると思ってませんでしたか?

実は違うんですね。

世の中の「運」や「引き寄せ」の本には、そうした間違えたことが書かれてあります。

でも、実際は逆なんです。

そうでなければ、多くの人がお願いしているのに、実現しない人が多いことが説明できません。

自分の人生、ツイてない。

不運なことばかり起こる。

なんで自分ばかり、こんなに辛い目に遭うのか?

あなたがそう思っていたら、なおのこと、「運」というものがどういうものか知っておいて損はないです。

「運」と心理(学)って、かなり関連性がありますよ。

運と心理の法則を知れば、そうした人生の流れも変えるきっかけを掴めます。

ヒントを書くと・・・・・

例えば、志望校に合格しますようにと、お願いしたとします。

でも、本当に合格するためには、何が必要でしょう?

そう、合格点を取れるだけの「学力」ですよね。

その学力を身につけるためには、身につく勉強を、身につくまで、続けるしかありません。

この努力をしないで、お願いだけしても、合格しないというのは、誰でもわかる理屈です。

でも、多くの人が、「お願いだけして」を日常でやっています。

仕事の成果、婚活、金運、人生全般の運気など・・

「願う」だけで変わることは、絶対にありません。

そこに努力という「行動」を選択するから、願いが叶ったり、実現したりするんです。

ということは、叶わない場合もあれば、実現しないこともあります。

人間、完璧ではないので、十分に達成行動が取れないこともあります。

ですから、この「行動する」というのが、「開運」にとって大きな一つの要素です。

もう少し種あかしをすると、神社ではお願いでなはく、「行動宣言」をするのが良いのです。

「これから自分は行動します」

「今から自分は変わります」

そういう行動宣言をする。

変わりますという「誓い」を立てる場所。

それが神社ということになります。

・・・ということは、宣言する場所は、何も神社じゃなくても良いということがわかりますよね。

神社という場所で宣言するのは、ある意味、勢いづけみたいな意味合いがありますけど。

この他にも人生の中での「開運法」には、いろいろ秘訣ややり方があります。

なんであの人は運がいいんだろう?

そう見える人は、この「開運法」を生活の中で細かく実践しているんです。


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この記事の投稿者:鈴木雅幸(心理カウンセラー・講師)のプロフィール  

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以上