幸せになる方法 幸福になる人生


 

幸せになるために必要なものは、考え方と生活の仕方、人間関係、お金、そして人生の捉え方です。

中でも考え方、捉え方は非常に重要になってきます。

しかし、特に日本ではこの分野がまだまだ遅れています。

私はカウンセリングという仕事を通して、これまで多くの人の幸せをサポートしてきました。

それも、人生のどん底、絶望というスタートラインからその人その人の幸せを追求してきました。

これはいずれも苦難の道のりであり、楽な取り組みは一つもありませんでした。

でもだからこそ見えてきた「幸せになる方法」がありました。

以下にわかりやすくご紹介します。


<目次>
これがしあわせになる考え方・捉え方 
幸せな気持ちになる方法 
幸せな人生を生きるカギは感謝 
幸せの意味とは? 
幸せになるための法則(生き方のコツ) 
小さな勇気が大きな幸せを呼ぶ 


これがしあわせになる考え方・捉え方

私たちの人生を幸福にするもの、不幸にするもの、それはいったい何でしょう?

お金でしょうか?仕事でしょうか?
結婚や家族でしょうか?運・不運でしょうか?

結論からいうと、私はそれはその人の人生の「捉え方」だと考えています。

人生は「幸福だ」と捉えれば幸福で「不幸だ」と捉えれば不幸になります。

私たちは、自分の捉え方次第で自分の人生を幸福にも、不幸にもします。

なぜなら、自分の捉え方から見える世界を、自分が生きている世界だと、それこそ捉えるからです。

私たちは常に、自分の捉え方から世界を捉えます。

電車のダイヤがトラブルで乱れたとき、とてもガッカリしたり、苛立ちを覚えたり・・・

それは、その人の捉え方が起こす感情です。

自分の思い通りに事が運ばないことに対して、「あり得ない」「許せない」という捉え方があれば、否定的な感情はそれだけ強く出てきます。

ところが、同じように電車のダイヤが乱れても、まったく落ち着いていられる人もいます。

落ち着いていられるのは、その人が「思い通りにいかないのが人生」「そういうこともあるさ」と、落ち着いていられる捉え方をしているからです。

うつになってしまった場合もそうです。

うつという苦難を自分がどう捉えられるか?

あるいは、この人生の苦難をどう捉え直せるか?

その捉え方によって、うつの状態、精神状態は大きく変わってくる側面があります。

私たちは「捉え方の世界に生きている」といえます。

だから、同じ出来事に遭遇しても、人によって反応が違います。

その反応の積み重ねが精神状態を変えていきます。

この反応を生むものが、普段から無意識に持っているであろうあなた自身の「捉え方」なんですね。

だから私は、一つの物事に対して、できるだけ複数の捉え方をすることをおススメしています。

複数の捉え方をするというか、できるようにしておくというか・・・

そうすると、物事を否定的な面からだけでなく、肯定的な面からも眺めることができます。

肯定的な面から捉えられると、当然、感情も精神状態も肯定的になります。

「うつ」というのは、ある意味、様々な理由から、一つの捉え方から脱することができないことで、否定的な思考や感情で脳がパンパンになった状態です。

だから、この捉え方が変わらない限り、薬を飲み続けても予後が悪かったりします。

うつを生む要因になった捉え方があるのなら、その捉え方を変える(変わる)必要があります。

ここをセットでケアしていかないと、薬が手放せないという悪循環に陥ります。

反対に、精神状態が穏やかで、安定していて、とても心地よい状態は、どうして訪れるのか?

あなたは、どうしてだと思いますか?

私はそれは「感謝」しているときだと思います。


幸せな気持ちになる方法 

人間の精神状態が最も理想的な状態とは、感謝の念を覚えているときだと思うのです。

感謝している状態こそ、理想の精神状態です。

そして感謝というのは、人生に対して感動できているときだとも思います。

カウンセリングを卒業されていく方々は、卒業の際に感謝の言葉を残してくれます。

おかげ様で、自分を取り戻すことができたとか、この困難を経験できて良かったといったことです。

人それぞれ違いはありますが、共通することは、そこに感謝の念が生まれてくることです。

そして、カウンセリングを卒業される方々は、今の自分や自分の人生にも感謝します。

では、感謝できるときというのは、どういう時でしょう?

人間が感謝するときというのは、意外に当たり前のことに対してだったりするものです。

いえ、その人にとって当たり前だと思っていることに対してですね。

そういうほうが、正確な表現になるでしょう。

今まで、当たり前だと思っていたことが、当たり前どころか、とてもありがたいことだった。

私たちはそういう経験や気づきを得たとき、その発見に感動し、そのことに感謝をします。

感謝というのは、そうした発見や気づきがあって生まれてきます。

身体が不自由なく、思うように動く。

これを毎日当たり前だと思っていたけれど、それが当たり前ではない人もいる。

目が見えることが当たり前だと思っていたが、自分の目でものを視ることができない人もいる。

毎日働いているが、それが当たり前じゃない人もいるし、自分の当たり前は、自分が当たり前という捉え方をしているだけ。

本当に当たり前なことなど、一つもないかもしれない。

そう気づくと、一つ一つのことがとても新鮮に思えてきます。

そして、自分の生きている世界の当たり前が新鮮に見えてくると、そこに「ありがたいな・・」という思いが生まれます。

この「ありがたいな・・・」という思いが「感謝」につながります。

この時の私たちの精神状態は、最も良い状態。

理想的な状態だといってもいいでしょう。


幸せな人生を生きるカギは感謝 

エリクソンという心理学者がいました。

元々ドイツの人で、戦時中にアメリカに亡命しました。

そのエリクソンが、ライフサイクル論というものを提唱しました。

エリクソンは、人生の終末を迎えるとき、自分の人生を「感謝」で眺められるかどうかが、幸福を考えるとき、とても重要だと説いています。

感謝ができるということは、感謝ができるような出来事があったということではありません。

感謝できるような生き方をしてきたかが大事になります。

そして、感謝できる生き方というのは、感謝できるような「捉え方」で生きるということです。

前にも書きましたが、同じ出来事であっても、人によって感じ方は違います。

同じ出来事なのに、嬉しいという人もいれば、悲しい、残念だ、許せないという人もいます。

なぜなら、そこには人それぞれの「捉え方」が存在するからです。

ちょっと考えてみてください。

自分にどんな出来事が起こるかなんて、自分でコントロールできないでしょ?

突然のアクシデントとか、病気とか・・・・

仕事でも、人間関係でも、私たちの人生では、思い通りにいかないことの方が多いものです。

だから、出来事や結果で幸・不幸は決まらないんです。

その出来事を自分がどうとらえるのかによって、自分の人生の幸・不幸は決まります。

皆が心配し、気遣い、支えようとしているのに、自分は孤独だ、人生はもうおしまいだと嘆く人もいます。

これは、その人の捉え方が生み出している不幸です。

一方、身体が不自由だったり、障害や病を得た人でも、自分は幸せだという人もいます。

そういう人は、たくさんの人に支えられていることへの感謝や、その不自由さや苦難から得る「学び」に目が向いています。

そうした学びから人間的な成長を重ねていく人生は、不幸ではなく、やはり幸せな人生だ。

その人自身がそう捉えるのなら、その人にとって人生は幸せなんですね。

だから、何を人よりたくさん持っているかとか、何が人より足りないかとか、そういう一喜一憂の先に、人生の幸せは見つけることはできません。

自分が自分の人生をどう捉えるのか?

あるのは「捉え方の選択」だけなんです。

あなたの捉え方はどうでしょう?

幸福につながるものでしょうか?

それとも、不幸につながるものでしょうか?

満足や充足感につながるものでしょうか?

それとも、不満や不足につながるものでしょうか?

あなたの捉え方は、あなたの人生の感謝につながるものでしょうか?

この捉え方が、実は、人生の扉です。

どの扉(捉え方)を開くか(選ぶか)で、あなたの人生は幸福にも、不幸にもなるということです。

決してお金や持っているもの、人からの評価、病気や不自由な生活で全て決まるわけではありません。

カウンセリングを卒業された人は、自分の捉え方を変えることができた人です。

あるいは、自分の捉え方の引き出しを増やすことができた人です。

これからは、当たり前だと思っていたことを、もう一度捉えなおしてみてください。 


幸せの意味とは? 

先日、Skypeでカウンセリングを続けているあるクライエントの方、Nさん(女性)から、とても心に響くお話をお聞きしました。

Nさんに許可を頂いたので、ご紹介したいと思います。

Nさんは、職場の人間関係のご相談でカウンセリングを始めました。

遠方のため、Skypeによるカウンセリングです。

人の目や態度がどうしても気になってしまい、自分の中で「怖い」といった反応が起きてしまう。

頭では「思い込み」とわかっていても、心がどうしても反応してしまう。

そして、根底には自分に対する自信の無さや、自己否定感が根強くある。

こうしたテーマと一つ一つ向き合い、克服し始めていたときのことでした。

職場で5年間、闘病生活を送っていた同僚女性が、つい先日、まだ40代の若さでお亡くなりになられたというのです。

難病を患い、まだお子さんもいらっしゃる方でした。

末のお子さんは、まだ中学生だそうです。

ということは、発病当時はまだ小学生であったということです。

その5年間、仕事も休みがちになりながらも、その同僚の方は周囲に迷惑をかけないように、可能な限り働いていたそうです。

一方で、残された時間を、
今まで以上に家族と共に大切に過ごす。

そう覚悟を決め、全力で生き抜いたそういう5年間だっただろうとNさんは言いました。

おそらくその方は、ご主人や親御さん、そしてお子さんを残していくことに、どれほどの心残りがあったことか。

その胸中や、察するに余りあるものがあります。

Nさんも、その方のことを思い起こしながら、スカイプの向こうで声をつまらせながらその方との思い出を教えてくれました。

それは、Nさんが最も苦しい状況のときに、「Nさん、元気ないよ!」と何の気兼ねなくポン!と言ってくれたこと。

他の同僚が何となく距離を置く中で、その言葉が真っ直ぐに心に残ったこと。

また、年賀状でその方が

「Nさんはホッとするところがあるから」

と、さり気なく言葉を添えてくれたこと。

そんなことを語りながらNさんは更に声を詰まらせながらも、Skypeの向こうで、振り絞るように、こう言ったのです。

「彼女の生きざまからすると、私は自分のことだけで一杯になっていて、いったい何をやっているんだろうと・・・・

もっとしっかり生きていかなくてはと思うし、彼女のように人のために生きていけるようなそんな人間になりたいと、今、思います」

私はNさんのこの思い、そして言葉を聞きながら、その方がNさんに遺してくれたもの、その意味と重さを考えていました。

人はいつかはこの世を去っていきます。

それは、誰も避けることのできない宿命です。

だからこそ、私たちはそんな人生の砂時計を意識しつつ、今を一生懸命生きたいと思うものです。

ですが同時に、今を生きるということが、これがなかなか簡単ではないことも事実です。

ついつい目の前の雑事や迷い、将来の不安、そうした迷路に心がブレてしまうのも常です。

しかし、身近な人間の死が、そうした迷いからハッと目を覚まさせてくれることもあります。

当初は悲しみ、寂しさ、痛みが残ります。

やがて、時間の経過とともに、様々な葛藤の末、自分がいかに生きていくべきかを考えます。(これには数年かかる場合もあります)

残された人間は、残りの人生をどう生きるべきか?

あるいは、これから自分はどう生きていきたいのか?

そうした問いを、身近な人の死は、私たちに遺し、問いかけてくるものです。

死と向き合うということは、同時に「いかに生きるか」と向き合うことと同じです。

おそらく、亡くなられたNさんの同僚も、自分の砂時計を横目で見ながら、残された時間をいかに生きるかを考え続けたはずです。

そして、そうした生きざまが周囲の人たちの目に焼きつき、何かを遺していってくれます。

震災で大切な家族や友人、同僚を亡くした人たち。

彼らも当初は、絶望の淵からなかなか這い上がれない日々が続いたことでしょう。

それでも、苦しい時を刻みながら、少しずつ、残された自分たちがどう生きるのか?

そうした問いに向き合っていこうとしているはずです。

いかに生きていくのか?

普段、あまりこういうことは考えないかもしれません。

なぜなら、日々の「やらなきゃならないこと」や「心配事」「不安」「後悔」にどうしても心が奪われてしまうからです。

でも、時には考えてみましょう。

自分はこれからいかに生きていくのか?

自分の人生、このままでよいのか?

人生を変えるのなら、いったいどう変えていきたいのか?

人の死にふれて、自分の生き方を考える。

ならば普段から「どう生きるのか」を自分の中で熟成させていってはいかがでしょう?


幸せになるための法則(生き方のコツ)

「先生は、どうしてすぐにパッと、答えが出てくるのですか?」

以前、セミナーでの質疑応答の場面でのことです。

受講生のちょっと込み入った質問に対して、私が即答したときに言われた言葉です。

質問された受講生は、少し相談のような内容を質問されました。

その質問(相談)に対して、私は即答しました。

すると、他の受講生の方が、上記の言葉を発したのです。

なぜ、即答できるのか?

それには、もちろん理由があります。

それは、カウンセリング経験があるからです。

カウンセリングでいろいろな相談を受けてきたので、その問題をど捉え、どう対処できるのかが、ある程度「パッ」と頭に浮かぶんです。

経験値があるからということになりますね。

だから、闇雲に回答したり、思いつきで答えているわけではありません。

その回答には、きちんとした「根拠」があります。

「こういう事だから、こう」といった根拠ですね。

そういう意味では、私の中には多くの引き出しがあります。

様々な問題に対して、捉え方や対処の仕方に関する引き出しですね。

その引き出しの数が、仕事柄、他の方よりも、多いんです。

以前、人間関係に関する勉強会を開いていました。

「人間関係を良くする法則」を学ぶものです。

つまり、物事を解決したり良くしていくには、「法則」というものがあるということになります。

この「法則」を押さえているために、様々な問題に「即答」できるわけです。

この「法則」を知って、対処できるようになると、かなりの困難に直面しても、乗り越えることができます。

そして、この法則は、人間関係だけでなく、生きていく上でも様々な法則があります。

この法則を知っておくことで、いたずらに悩んだり迷ったりしなくて済むようになります。

将来に対する不安も、かなり解消されます。

では、法則とは何か?

例えば、自分のことしか考えない人がいたとします。

そういう人がやることは、やっぱり自分のことしか考えないことをやります。

そういう風にしていると、その人の周りには、やはり、自分のことしか考えない人が集まります。

意地悪な人たちのグループってありますよね。

どうしてそういう集団が出来てしまうのかというと、そこには一つの法則が働いているからです。

それは、同じ質のものが引き合うという法則です。

「類は友を呼ぶ」

こんな言葉も、昔からありますよね。

そしてこの法則は、人間関係だけにとどまりません。

自分がどんな姿勢で生きているのかによって、遭遇する出来事も決まってくるのです。

人の批判ばかりしている人は、自分が批判の矢にさらされることになります。

最近も、とある元アナウンサーの方が、病気の方に対して心ないブログ記事を書きました。

結果、今度は自分が批判の嵐に逢いましたね。

問題提起と誹謗中傷の区別もつかない。

そういう行為をすれば、必ず自分に返ってきます。

自分のしたことは、自分に返ってくる。

わかりやすい形で返ってくる場合もあれば、別な形、一見わからない形で返ってくる場合もあります。

いずれにしても、こうした法則は目に見えないものですが、確実に存在しています。

逆にいえば、こうした法則を押さえていれば、困難に遭っても、乗り越えることができます。

また、不要なトラブルに巻き込まれることも減ります。

私がカウンセリングでお話を聞いているとき、グループコンサルティングでコンサルするとき。

いずれも、この法則に照らして見通しを持ち、回答しています。

カウンセリングやグループコンサルティングで、何かに気づいた人は、大きな変化を見せます。

それは、顔つきが変わったり、言動が変わったり、服装に変化が出る人もいます。

すると、その方が日常で出会う人も変わることがあります。

新たな出逢いに感動したと、カウンセリングで報告を受けることもあります。

心無い人に傷つけられ、苦しんでいた人が、自分のトラウマを克服し、新しい引き出しも手に入れた。

その途端、心ある人とのご縁が生まれた。

職場の人間関係で悩んでいた人が、自分にできる限りの努力をした上で、転職をした。

すると、転職先の環境や人間関係に恵まれ、仕事に対するモチベーショングンと上がった。

こういうケースは、決して珍しくはありません。

自分の行動や気持ちが変わることで、周囲の環境や出来事も変わっていくんですね。

これも目に見えない法則が働いているといえます。

12年間のカウンセリング経験から、何度も何度も目にしてきた事実です。

ですから、ぜひ、この法則を掴んで頂きたいと思います。

経験したことを振り返ったり、見直したりすることで、「その法則」は見えてきます。

「ああ、そういうことだったのか」

法則に気づくときは、そういう感覚になります。

時には膝を打つような感覚であったり、時にはしみじみとした気づきの感覚であったりします。

苦労して得たものであれば、重みもありがたみも、ひとしおというものです。

今年、世に送り出した私の本にも、この法則をちりばめて書いたつもりです。

既に読まれた方はお気づきと思いますが、ページのあちこちに、その法則は潜んでいます。

●「感情は5秒で整えられる」鈴木雅幸 著 


つまり、この法則に沿って生きていけば、自分の人生をより豊かなものに、より充実したものにできます。

そこには常に学びと感動があり、自分が人として成長できたという実感がある。

これが一番幸せなことだと私は思っているんです。

気づきや学びが得られず、悶々とした人生。

それはある意味、不幸な人生なのかもしれません。

経済的に苦しいからとか、とても辛い目に遭っているからとか、それも不幸なことだといえるかもしれません。

しかし、本当に不幸な人生とは、気づきや学びを得られない人生ではないでしょうか?

もっというと、気づきや学びを放棄した人生ですね。

人間としての成長実感が得られない人生。

私はそれこそが、不幸な人生ではないかと思っています。

だからこそ、法則の引き出しを増やし、様々な経験から気づきや学びを得られる人生。

ある意味、そういう人生観を持つということかもしれません。

それこそが、幸せな人生なんだと思っています。

先の元アナウンサーの方も、あの一件から、何を学ぶことが出来るかで、今後の人生は変わるでしょう。

自分の人生を変えるということは、そうした学び多い幸せな人生観を持つことを指すのかもしれません。

学びを放棄した人生から、学び多い人生に変える。

これが「人生を変える」ということではないでしょうか? 


小さな勇気が大きな幸せを呼ぶ 

「幸せを邪魔するのは自分?」

衝撃的かもしれませんが、珍しい話ではありません。

心理カウンセリングをしていると、こうした微妙なテーマが出てきます。

それは、自分の幸せを邪魔しているのは、実は自分だった・・・というお話です。

何度も書きますが、決して珍しい話ではないんですね。

自分の中に、自分が幸せになろうとするのを邪魔する自分がいる。

そんな自分に気づくという場面があります。

例えば、自分が楽しいと感じることをする時です。

その瞬間、自分は楽しんではいけないという心理が働くそうです。

自分は楽しむ価値のない人間であり、楽しい思いをしてはならない。

自分なんかが楽しんでしまっていいのだろうか?

そういう思いが瞬間的に出てくるのだそうです。

その結果、何かを始めようとしても、あきらめてしまう人もいます。

遊びに行く約束をしていたものを断ってしまう人もいます。

そんな自分を責め、嫌悪し、余計に自己否定感を深めていくことになります。

こんな悲しい悪循環を、ぜひ断ち切る必要がありますね。

では、どう断ち切ればよいのでしょうか?

ここはひとつ、小さな勇気が必要になります。

自分が幸せになるために必要な小さな勇気です。

私は数多くの人たちとカウンセリングをさせて頂きました。

その経験から、人間は幸せになるために生まれてきたのだと感じるようになりました。

もっと正確にいうと、幸せになるための「学び」を経験する。

そのために生まれてきたのだと感じるようになったのです。

人間は自分が幸せになって初めて、人を本当に幸せにできるのではないでしょうか?

自分の心が満たされた人が、人を満たすことができる。

自分が人と絆を感じているからこそ、相手との絆を信じられる。

そうならば、幸せになるために、小さな勇気を出して、
自分の幸せをまっずぐ追い求めてもいいのではないでしょうか。

時々、幸せになるなという自分が顔をのぞかせるかもしれません。

そこは自分との戦いです。

その小さな戦いに一つ一つ勝利していきましょう。

幸せになるためには、小さな勇気をもって自分との戦いに勝利していくことが必要かもしれませんね。 


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この記事の投稿者:鈴木雅幸(心理カウンセラー・講師)のプロフィール 

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鈴木雅幸の個別カウンセリング
鈴木雅幸の著書「感情は5秒で整えられる」(プレジデント社)




以上   















 



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