大切な人が遺してくれたもの~Nさんの体験~




こんにちは、鈴木です。

先日、Skypeでカウンセリングを続けている
あるクライエントの方、Nさん(女性)から、
とても心に響くお話をお聞きしました。

今日は、Nさんに許可を頂いたので、
ご紹介したいと思います。

Nさんは、職場の人間関係のご相談で
カウンセリングを始めました。

遠方のため、Skypeによるカウンセリングです。

人の目や態度がどうしても気になってしまい、
自分の中で「怖い」といった反応が起きてしまう。

頭では「思い込み」とわかっていても、
心がどうしても反応してしまう。

そして、根底には自分に対する自信の無さや、
自己否定感が根強くある。

こうしたテーマと一つ一つ向き合い、
克服し始めていたときのことでした。

職場で5年間、闘病生活を送っていた同僚女性が、
つい先日、まだ40代の若さで、
お亡くなりになられたというのです。

難病を患い、まだお子さんもいらっしゃる方でした。

末のお子さんは、まだ中学生だそうです。

ということは、発病当時は
まだ小学生であったということです。

その5年間、仕事も休みがちになりながらも、
その同僚の方は周囲に迷惑をかけないように、
可能な限り働いていたそうです。

一方で、残された時間を、
今まで以上に家族と共に大切に過ごす。

そう覚悟を決め、全力で生き抜いた
そういう5年間だっただろうとNさんは言いました。

おそらくその方は、ご主人や親御さん、
そしてお子さんを残していくことに、
どれほどの心残りがあったことか。

その胸中や、察するに余りあるものがあります。

Nさんも、その方のことを思い起こしながら、
スカイプの向こうで声をつまらせながら、
その方との思い出を教えてくれました。

それは、Nさんが最も苦しい状況のときに、
「Nさん、元気ないよ!」と
何の気兼ねなくポン!と言ってくれたこと。

他の同僚が何となく距離を置く中で、
その言葉が真っ直ぐに心に残ったこと。

また、年賀状でその方が

「Nさんはホッとするところがあるから」

と、さり気なく言葉を添えてくれたこと。

そんなことを語りながらNさんは
更に声を詰まらせながらも、Skypeの向こうで、
振り絞るように、こう言ったのです。

「彼女の生きざまからすると、
私は自分のことだけで一杯になっていて、
いったい何をやっているんだろうと・・・・

もっとしっかり生きていかなくてはと思うし、
彼女のように人のために生きていけるような
そんな人間になりたいと、今、思います」

私はNさんのこの思い、そして言葉を聞きながら、
その方がNさんに遺してくれたもの、
その意味と重さを考えていました。

人はいつかはこの世を去っていきます。

それは、誰も避けることのできない宿命です。

だからこそ、私たちはそんな人生の砂時計を意識しつつ、
今を一生懸命生きたいと思うものです。

ですが同時に、今を生きるということが、
これがなかなか簡単ではないことも事実です。

ついつい目の前の雑事や迷い、将来の不安、
そうした迷路に心がブレてしまうのも常です。

しかし、身近な人間の死が、
そうした迷いから
ハッと目を覚まさせてくれることもあります。

当初は悲しみ、寂しさ、痛みが残ります。

やがて、時間の経過とともに、様々な葛藤の末、
自分がいかに生きていくべきかを考えます。
(これには数年かかる場合もあります)

残された人間は、残りの人生をどう生きるべきか?

あるいは、これから自分はどう生きていきたいのか?

そうした問いを、身近な人の死は、
私たちに遺し、問いかけてくるものです。

死と向き合うということは、同時に
「いかに生きるか」と向き合うことと同じです。

おそらく、亡くなられたNさんの同僚も、
自分の砂時計を横目で見ながら、
残された時間をいかに生きるかを考え続けたはずです。

そして、そうした生きざまが
周囲の人たちの目に焼きつき、
何かを遺していってくれます。

震災で大切な家族や友人、同僚を亡くした人たち。

彼らも当初は、絶望の淵から
なかなか這い上がれない日々が続いたことでしょう。

それでも、苦しい時を刻みながら、
少しずつ、残された自分たちがどう生きるのか?

そうした問いに向き合っていこうとしているはずです。

いかに生きていくのか?

普段、あまりこういうことは考えないかもしれません。

なぜなら、日々の「やらなきゃならないこと」や
「心配事」「不安」「後悔」に
どうしても心が奪われてしまうからです。

でも、時には考えてみましょう。

自分はこれからいかに生きていくのか?

自分の人生、このままでよいのか?

人生を変えるのなら、
いったいどう変えていきたいのか?

人の死にふれて、自分の生き方を考える。

ならば普段から「どう生きるのか」を
自分の中で熟成させていってはいかがでしょう?

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生きる苦しみの中にある勲章


こんにちは、鈴木です。

「あの苦しみがあったからこそ、今があります」

こんな言葉を本で読んだことはありますか?

おそらく、このメルマガの読者であれば、
読んだことがあるのではないでしょうか。

自己啓発、心理系、エッセイなどの本には、
この言葉が出てくることがよくあります。

では、本ではなく、実際にそう言っているのを
聞いたことはあるでしょうか?

身近な人で、「今ではあの苦しみに感謝している」と
実際に口にしたのを聞いたことはあるでしょうか?

実際にとなると、本で読んだという場合よりも、
少ないか、全くないということになるかもしれません。

しかし、私はこうした言葉を、
何度も直接耳にしてきました。

だから、この言葉を心底信じられます。

私がこうした言葉を耳にする一番多い場面は、
カウンセリングの終盤や最後の場面です。

一山乗り越えたクライエントが、
その道のりを振り返るときに口にする言葉です。

苦しんで、悩んで、本当に良かったと・・・・・

でも、多くの人が、にわかには信じられないでしょう。

苦しいこと、悩んだことなんて、
もう、思い出したくもない。

これから苦しんだり悩むのだとしたら、
そんなのは二度とごめんだ。

なのに「苦しんで良かった」とか、
「悩めたことに感謝している」なんて・・・・

とてもじゃないけど、信じられない。

そう思うかもしれませんね。

でもね、本当なんですよ。

苦しみや悲しみを経験し、いろいろ思い悩んできた。

でも、だからこそ気づくこと、わかったことがあった。

そうなると、私たちはその気づいたこと、わかったことに、
大きな価値を感じるようになるんです。

苦しみより、気づきの方に気持ちがいく。

だから、「苦しんで良かった」って言えるんです。

先日も、子どもの頃に
いじめを経験した人が、そう言いました。

いじめは辛い、思い出したくもない。

相手のことはずっと許せないし、許したくもない。

でも・・・・・・

話しには続きがあるんですね。

その人は、こう言いました。

それでも、そうした苦しみによって、
私は自分が愛されてきたことに気がついた。

周囲の人が、自分を気遣い、心配し、
自分を思いやってくれてきたことに気づけた。

いじめ自体、とても理不尽なことで、
絶対に許されない行為だと思う。

でも、そういう理不尽な経験を強いられたおかげで、
周りの人たちのありがたみにも気づけた。

だから、

「わたしはいじめにあって良かったと思う」

その方は、そうおっしゃいました。

何度も書きます。

いじめは絶対に許されない行為。

100%否定すべき行為です。

しかし、そうした理不尽な行為を、
自分がどう解釈し、どう位置づけ、どう生かしていくのか?

それは私たち一人一人に選択肢が与えられています。

もちろん、これは決して強要されるものではありません。

どういう選択をするかは、
あなた自身にその権利があります。

ただ、最悪の経験であっても、
それを自分の未来に生かすこと。

それは、捉え方次第で可能になることがある。

今日は、そのことをメルマガでお伝えしたかったんです。

上司にパワハラや理不尽なことをされた。

だからこそ、その上司を「反面教師」として、
学べることもある。

心ない一言を言われ、心が深く傷ついた。

立直るのにたくさんの年月が必要だった。

でも、だからこそ、たった一言の重み、ありがたみを痛感した。

仕事が思うようにいかず、とても苦労した。

なんで自分ばかりこんな苦労をするのかと嘆いた。

でも、だからこそ、仕事で
苦労している人の気持ちを理解したい。

生きていく上での苦しみ、悩み。

それは、自分が生きていく上での「宿題」です。

あるいは、たくましくなるための「トレーニング」です。

宿題は、解けば解くほど学力という力がつきます。

トレーニングを続ければ、筋力、体力がつきます。

人生の困難を経験すれば、
気力や人間力が養われますよね。

その結果、培われた学力、筋力・体力、そして精神力が
自分の中で大きな価値に変わります。

そのため、苦労や苦しみはいつしか、
自分の「勲章」のようなものになるのです。

オリンピックを観て、多くの人たちが感動するのも、
このプロセスを知っているからです。

「あの苦しみがあったからこそ、今があります」

これは本に書いてるだけの言葉じゃありません。

まして、絵空事(えそらごと)などでもありません。

あなた自身にもいえる「真実」なんです。

だから、今ある苦しみや困難は、
人生の「宿題」であり「トレーニング」なんです。

自分が成長できた後の「勲章」なんですね。

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言葉(言霊)は人格を創る

こんにちは、鈴木です。

「言葉は人を創る」

言葉というのは、これがまた、なかなか奥の深いものです。

その人の言葉の使い方に、実は、その人の「人と成り」が現れているなと感じることがあります。

乱暴な言葉をよく使う人は、その思考や性格も乱暴な感じになります。

慎重な言葉を使う人は、考えや行動もやはり慎重なものとなります。

批判的な言葉を多用する人は、批判的な人だといえます。

穏やかな言葉を使う人は人柄も穏やかですし、綺麗な言葉を使う人は、やはりその人間性も洗練されているように感じます。

その人の人間性は、その言葉によってよく表れているといってもいいと思うのです。

そして逆もまた真なりといえるかもしれません。

それは、使う言葉によって、その人の人間性が形成されていくということです。

ですから、自分はひねくれているけれども、素直な人間になりたいと思うなら、素直な言葉を多用するといいかもしれません。

優しい人になりたいのなら、いつも優しい言葉を使うようにする。

思慮深い人になりたいのなら、思慮深い言葉の使い方をする。

そう考えると、言葉が人格を創っていくという、そういう側面もあるといえるのではないでしょうか。

言葉は人を創る。

ならば、私たちが日常で、半ば無意識に使っている言葉・表現は、もしかしたら一考を要するかもしれません。

日常で口にする言葉、その一つ一つをしっかりと吟味して使う。

それが自分の人格に影響を与え、自分が関わる人間関係にも影響を及ぼすはずです。

ということは、言葉は人を創り、人間関係を変え、人生に影響を与える。

そういっても、決して過言ではないのではと思います。

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