学校教育現場、これからの課題とは?
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私は小学校のスクールカウンセラーとして三つの小学校にお邪魔しており、かれこれ4年目となるわけですが、その経験から感じることがあります。

現在、学校教育の現場では、日々様々な問題が起きていて、その対応に学校側も奔走していたりするわけです。私もその渦中に身を投じる格好で、スクールカウンセラーとして力になれることを見極めながらカウンセリングやコンサルテーションという形で関わっています。

週一回の関わりが現在のスクールカウンセリングの基本系であるので、そうした意味では毎日対応に当たっている学校の先生方に対して出過ぎたまねを控え、自分の立場をわきまえた判断が求められます。

そんな立場であることを承知で少しだけ感じることを書かせていただくと、今の学校現場で重要なこと、求められていること。それは大人の人格的な向上ではないかということです。

子どもたちは様々な形で私たち大人に問題を突きつけてきます。

そうした問題に対して大人がどこまで腹を据えて取り組めるか。どこまで覚悟を決められるか。荒れた子供を目の前にしてどこまで安定した心持ちで関われるか。どれほど目の前の子どもに肯定的な感情で接することができるか。

こうした人格的なもの、人間性の質を求められることが、教育現場では日々起こっていて、これに携わる人間、つまり教師もカウンセラーも、自分自身の人格の向上に取り組むこと、人間性を磨くこと抜きにしては、こうした問題を語れなくなってきていると現場で感じるのです。

これは言うは易しであり、実際にこの問題に真正面から取り組むことは、途方もない高い山に一歩一歩挑むのに等しく、終わりのない挑戦の日々に自分自身の身も心も注ぎ込む覚悟が必要となります。

しかし、学級崩壊やいじめなどの問題についての対応を考えるにつけ、そこにはテクニックや方法論だけではない、取り組む人間一人一人の全人格的な取り組み抜きには語れないものを感じるのです。

確かにケース全体をどう観るか。問題の所在をどのように明らかにしていくか。どのような連携をとって事に当たるか。そうしたことは一つ一つしっかりと押さえていかなければならないことです。

しかし、最終的には子供とどう関わるか。保護者とどう関わるか。教員同士がどう関わるかという問題にぶつかった時、問われるのは全人格的な取り組みとなってくるのです。

つまり、学級崩壊には学級崩壊解決のノウハウを知ればいいとか、いじめにはいじめの対応の本を知識として知っていれば対処できるとか、そういったレベルでは対応しきれない。

最後にはその人の人間性や覚悟など、全人格的な取り組みなくしてノウハウも知識も生きてこないという話にどうしてもなってしまうわけです。

今の教育現場の問題をどうするかという話になったとき、結局はそこが一番難しい、そして要となるところだと痛感します。

そしてスクールカウンセラーの問われるところも全く例外ではなく、常に全人格的な姿勢が問われるといっても過言ではありません。

人が人に何かを教え、伝えるとか、人が人をどう育てていくかということは、やはり難しいことです。なぜならば、そこに教え伝える側、育てる側の人間性、人格的なレベルが否応なく反映するからです。

子どもたちはわかりやすい授業、面白いと思える授業をしてくれる先生が好きですし、同時に自分のことをよくわかってくれる先生が好きです。

そういう先生になろうと思ったら、人格的な向上というテーマに本気で取り組まなければならなくなるでしょう。

私自身も日々、学校教育の現場でそうした姿勢を問われます。だから、たとえカメのようなゆっくりとした歩みであっても、自分自身の人格の向上、自己研鑽に日々励むという姿勢を忘れることなく取り組んでいきたいものだと思っています。

2009年2月1日


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